今年最初の使用
シロの写真を撮ってると、手に蚊が、あぁ蚊の季節がやってくる、ペット用蚊取り線香やジェエットを買いにいった。座敷の隅に重ねてある座布団の上にポリエステル混合のベストを2~3日ほど置き忘れていた、持ち上げると、パタッと畳の上に黒く長めのものが。。。
ムカデだった。隙間に逃げ込まないよう、丸めた新聞紙でゴミ箱に誘導してると動かなくなった、そのあいだにジェエットを取ってきて噴霧、昨日が今年最初の使用、相手はムカデだった。
今日は雨がしとしと降っている、九州南部は梅雨にはいったそう、そろそろ瀬戸内も。
白といっても淡いピンクだが満開になった、こちらのシャクヤクの蕾が膨らみ始める、上にあるサクランボではなく桜の実が色づいた、とても苦い 笑。

畑は、チョッとみないと茎ブロッコリーに花が。プチトマトの実がつき始める。新タマのオニオンスライスのカツオ和えや、キヌサヤの卵とじは、今時期、美味しいのでよくつくる、キヌサヤの卵とじ、火をとおししすぎたので色がわるい 汗。

ヒメヒオウギが咲き始める、

シランは満開。

ーーーーーーーーーーーー
東北、信濃、京都 GW ①
国宝 現存天守 松本城 3 と、重文 旧開智学校。
関心を引く建物は、重文 旧開智学校でした。

重要文化財旧開智学校は、明治6年の5月に開校され、校舎は明治9年4月に建てられ昭和38年の3月まで90年間使われていて、わが国で最も古い小学校の一つで、擬洋風(ぎようふう)の建築です。擬洋風とは和風と洋風の入り混じったのを言うらしい。
↑の写真は正面に周り、柵の隙間から写しました。桜が咲いてたので、笑。建物で淡いブルー、淡いピンクの配色は馴染んだことが無いので、新鮮に感じた。

海抜596メートルも知らないまに上がって来ていて、別に空気が薄いと感じてませんでした、笑。建物の外観もそうですが、内装も装飾もシッカリしたもの、自分の通った学校と大違い、それは立派な小学教育の建物。机は懐かしさを感じる。

照明、ドア、ドアに貼り付けてあるタイル、

階段の手摺り建具など、重厚さを感じる。

おもしろい形体窓の外に見えた隣の旧司祭館。こんなストーブは遠い昔、昔、幼稚園でアルミ弁当を温めたような。感じよい回り階段。

こんな講堂で訓示を受けてみたかったな。

天守から見えた道の処に戻り天守を見上げた。側に現在地案内板あり、周った経路を書き込んでみた。埋の橋が見える。

石碑近くの内堀で白鳥がいたので写してみる。

昭和の大修理の時に古図を参考に架橋され、埋の門のところにあったので、「埋の橋」となったそう。この場所は松本城を写すのによいポイントになってるようだ。

天守閣西面、天守閣南西面、天守閣南面などを、水面に城が映らないかなど考えながら何枚も写す、なかなか構図が決まらない、汗。

角が一直線になったところを写すが、上部はならなかった。

ボケの花とパチリ。黒門は松本城本丸へ入る正門。逆光になるのでアルプスはよく写らない。

松本城に別れ、駐車場へ時間を見ると、長野の善光寺は新潟に予約しておいたビジホには通り道になるが、観光できる時間は遠に過ぎている、しかもビジホの距離はナビを設定してみると260キロもある、善光寺は止めた。高速に乗ると、長いトンネル中に坂があるのが原因だろう大渋滞、過ぎると霧で渋滞、途中のSAで蕎麦を食べ、ビジホに着いたのは9時半過ぎだった、汗。寝るときの姿勢は頭を高くするため何時も毛布を頼むのだが、震災で送り余分は無いとのこと、ボストンバックで代用する。

ムカデだった。隙間に逃げ込まないよう、丸めた新聞紙でゴミ箱に誘導してると動かなくなった、そのあいだにジェエットを取ってきて噴霧、昨日が今年最初の使用、相手はムカデだった。
今日は雨がしとしと降っている、九州南部は梅雨にはいったそう、そろそろ瀬戸内も。
白といっても淡いピンクだが満開になった、こちらのシャクヤクの蕾が膨らみ始める、上にあるサクランボではなく桜の実が色づいた、とても苦い 笑。



畑は、チョッとみないと茎ブロッコリーに花が。プチトマトの実がつき始める。新タマのオニオンスライスのカツオ和えや、キヌサヤの卵とじは、今時期、美味しいのでよくつくる、キヌサヤの卵とじ、火をとおししすぎたので色がわるい 汗。



ヒメヒオウギが咲き始める、

シランは満開。

ーーーーーーーーーーーー
東北、信濃、京都 GW ①
国宝 現存天守 松本城 3 と、重文 旧開智学校。
関心を引く建物は、重文 旧開智学校でした。

重要文化財旧開智学校は、明治6年の5月に開校され、校舎は明治9年4月に建てられ昭和38年の3月まで90年間使われていて、わが国で最も古い小学校の一つで、擬洋風(ぎようふう)の建築です。擬洋風とは和風と洋風の入り混じったのを言うらしい。
↑の写真は正面に周り、柵の隙間から写しました。桜が咲いてたので、笑。建物で淡いブルー、淡いピンクの配色は馴染んだことが無いので、新鮮に感じた。



海抜596メートルも知らないまに上がって来ていて、別に空気が薄いと感じてませんでした、笑。建物の外観もそうですが、内装も装飾もシッカリしたもの、自分の通った学校と大違い、それは立派な小学教育の建物。机は懐かしさを感じる。



照明、ドア、ドアに貼り付けてあるタイル、



階段の手摺り建具など、重厚さを感じる。

おもしろい形体窓の外に見えた隣の旧司祭館。こんなストーブは遠い昔、昔、幼稚園でアルミ弁当を温めたような。感じよい回り階段。



こんな講堂で訓示を受けてみたかったな。

天守から見えた道の処に戻り天守を見上げた。側に現在地案内板あり、周った経路を書き込んでみた。埋の橋が見える。



石碑近くの内堀で白鳥がいたので写してみる。



昭和の大修理の時に古図を参考に架橋され、埋の門のところにあったので、「埋の橋」となったそう。この場所は松本城を写すのによいポイントになってるようだ。

天守閣西面、天守閣南西面、天守閣南面などを、水面に城が映らないかなど考えながら何枚も写す、なかなか構図が決まらない、汗。



角が一直線になったところを写すが、上部はならなかった。

ボケの花とパチリ。黒門は松本城本丸へ入る正門。逆光になるのでアルプスはよく写らない。



松本城に別れ、駐車場へ時間を見ると、長野の善光寺は新潟に予約しておいたビジホには通り道になるが、観光できる時間は遠に過ぎている、しかもビジホの距離はナビを設定してみると260キロもある、善光寺は止めた。高速に乗ると、長いトンネル中に坂があるのが原因だろう大渋滞、過ぎると霧で渋滞、途中のSAで蕎麦を食べ、ビジホに着いたのは9時半過ぎだった、汗。寝るときの姿勢は頭を高くするため何時も毛布を頼むのだが、震災で送り余分は無いとのこと、ボストンバックで代用する。


