やっと~も

メロン花の蜜を、吸いにきている昆虫を撮ってると、キューイ棚が壊れてるのに気づく、汗
0629メロン花

パイプを買って、新しく作らなくては


↑ ↓ マウスオンしてくださいね、

ゴーヤの雄花は咲いていたのですが、やっと 雌花も、 



グラジオラスの蕾がほころびだすと翌日は


↑ ↓ マウスオンしてくださいね、

ツキヌキニンドウの名は、茎が葉から突きぬいてる由来からでしょう、
家では,、咲く数違うが一年中咲いてる気がします。


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東北、信濃、京都 GW ⑤ 国宝 知恩院

丸山公園に隣接してる知恩院は、のっぽ187先生と南禅寺の後に行こうと思った寺ですが、時間がなくなり諦めた寺でした、そのぶんも行きたかった寺です。

国宝 三門です。
国宝 三門
豪壮って言うのでしょうか。。。

三門は春の特別公開されてました、見難いですが、後で右上の通路から拝観しました。三門からの京都の景色。男坂から上がると。
右上の通路から 京都の景色 男坂

巨大な屋根の
国宝 御影堂(本堂)
国宝 御影堂
自分が、今まで行った寺で一番大きい本堂でした。

手洗所を多宝塔へ行くと先に三門の2階に続く通路が設いてありました、ここから撮影禁止だって、三門の中は分かるが、外の風景まで禁止とは<`ヘ´> でも三門内部を拝観すると警備に頷けるものがあった。 重文 集会堂は、なんか特別な催しがされてる雰囲気だったので近寄れなかった。 
手洗所 通路が設 重文 集会堂

本堂にあがり参拝祈願、からの風景。
本堂にあがり参拝祈願 からの風景 からの風景

浄土宗の開祖 法然さん像の階段あがると、重文 勢至堂あり、いわくある影向石(ようごうせき)の所を通ると
浄土宗の開祖 法然さん像 重文 勢至堂 影向石

あの、千姫さんのお墓と、京都のパワースポット、祇園の舞妓さんや芸妓さん、水商売の人々も参り縁結びの濡髪大明神の場所へ。
千姫さんのお墓

知恩院の奥にある、法然上人のご遺骨をご奉安する廟堂にあがり参拝し
知恩院の奥 廟堂 参拝し

知恩院を後にした
知恩院

テーマ : 一人旅
ジャンル : 旅行

採れるかな

石燈籠の下で暑さしのぎ、
ヤブコウジ(十両)は高さが10cmていどの常緑小低木で、冬に赤い実(←緑の実は万両)をつけ、けっこう実もキレイでかわいい植物です。

↑ ↓ マウスオン願います。

ヒメヒオウギは、まだあちこちで咲いてます、シロと一緒に写ってるの去年一昨年は微笑ましい 笑


実り始めたブラックベリーの下は、桔梗の一種でしょう 咲き始めました。


0626そろそろ      
             メークイン、
      そろそろ
              採れるかな



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東北、信濃、京都 GW ⑤  八坂神社

駐車場の看板をちょくちょく見かけた、一番近そうなところ空いてたので停める。テレビなどで見た景色だろうか初めての感じがしなかった、重文 八坂神社西楼門。デジイチで撮った写真、左下と右上に影が、以前水溜りに落とした所為だろうか時々現れる、コンカメに替えた。
八坂神社西楼門

寺の山門にある阿吽像と同じ意味合いがあるのかな?、西楼門左右の衛士風の人形を随身像という。西楼門をくぐり振り返ってみた西楼門。
左の衛士風の随身像 右の衛士風 振り返ってみた西楼門

末社はたくさんありそうだが、これは見逃せないと思い参拝祈願、疫神社。露店並ぶ参道をあがると重文 末社蛭子社社殿。
疫神社 参道  重文 末社蛭子社社殿。

縁結びの末神社は素通り、八坂神社の 本殿 重文が見えた。南のほの門を出てみる。
縁結びの末神社  本殿 南のほの門

境内南側に石造りの鳥居 これは重文。もともとは正門だったそうだ南楼門を入ると、舞殿。その後ろに
石造りの鳥居 これは重文 南楼門 舞殿

八坂神社 重文 本殿があった。
重文 本殿

十社。芸妓、舞妓をはじめ美しくなりたい女子さん参拝する美御前社、自分は関係ないが、このブログを訪れてくださる女子さんに代わり参拝祈願 。いわくがありそう、忠盛灯籠などなど散策参拝し、
十社 美御前社 忠盛灯籠


藤の咲き始めていた円山公園に、
藤の咲き始めていた 円山公園 円山公園

ゆかたの撮影会だろうか、円山公園を散策し。。次へ
P1010414.jpg

テーマ : 一人旅
ジャンル : 旅行

反り返ってない !

何をしてるのでしょう、
0620束ねたのをなめしたり

午前中に自分が出来る作業は、地神社の清掃と一本ずつキレイに掃除をすることだけ、汗。皆さんは束ねたのをなめしたり、縒られてます。縒って余分なところをハサミで掃事。
0620 一本ずつ掃除 0620 縒られてます 0620 ハサミで掃事

垂れ?って言うのでしょうか、自分も挑戦しましたが失敗作、紐が出ないダメなのですが、反対に 汗。
0620 垂れ? 0620 失敗作 0620 紐が出ないと

注連縄作製の完成
0620注連縄

日曜日は宮世話で奉仕作業等をさしていただいた。
午後は、田植え終了奉告祭と、豊作祈願祭の玉ぐし奉納など催し
0620 宮世話 0622 田植え終了奉告祭と、豊作祈願祭 0620 玉ぐし奉納

東側の庭で、花持ちのよいアストロメリアとカラーを撮ってると、緑色の小さいカマキリを見つけた、これくらいチィッ小いとかわいく思える。見たくない方も居られる思うのでマウスオンにしました。

↑ ↓  マウスオン
裏隣りさんが、例年実りがなかったビワが、今年は見栄え悪く小さいが実ったと2袋採ってくださった、形が歪だし虫食いもあるが、味がこく美味しかった、笑。


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東北、信濃、京都 GW ⑤ 世界遺産 国宝 二条城 その2

なんかおもしろい形の 重文 本丸櫓門をくぐり
重文 本丸櫓門

本丸庭園、重文 本丸御殿から天守台(前記事案内地図で3)へ、
本丸庭園 本丸御殿 天守台(前記事案内地図で3)へ

天守台からの眺め、これから散策して行く、重文 西北土蔵がある方向、
天守台からの眺め

天守台から降りての本丸御殿、本丸御殿は二の丸の外観とは随分と違っていた、旧桂宮邸の御殿を明治に本丸内に移築したそうだ。なんか重苦しい 重文 西北土蔵(米蔵)から、石垣斜め北中仕切門をくぐったところにあった、加茂七石。
本丸御殿 重文 西北土蔵(米蔵) 北中仕切門

加茂七石。清流園(前記事案内地図で4)の前で女子さんに声をかけられた。茶室 和楽庵へ。
加茂七石 清流園の前 茶室 和楽庵へ

雨どいからの竹に趣があるなと思う。和菓子は先にいただくのかなと思うが、茶と一緒に写したかったので。庭や、
趣が 和菓子は先にいただくのかなと 茶と一緒に写したかったので

つくばいで小鳥が水浴びしてるのを見ながら茶を楽しむ 笑

↑ マウスオン

清流園 香雲亭は江戸時代の豪商、角倉了以の屋敷の一部を移築したものだそう。二条城内からの北大手門の所に咲いてたレンゲ草。
香雲亭 条城内からの北大手門 レンゲ草

入り口近く京都御所、東西両本願寺門跡寺院の塀に見られる築地塀を通り、あの唐門から重文 桃山門へ
築地塀を通り 唐門 重文 桃山門重文

中仕切門をくぐると(前記事案内地図で5)へ、二条城内から見た重文 西南隅路。天守台の前にある重文 西南土蔵。
中仕切門 西南隅路 重文 西南土蔵

西南土蔵のところから見た、二条城天守台
二条城天守台

ここ梅林の下で咲いてたタンポポ ガクを見ると 反り返ってない!
在来種の

二条城のタンポポは外来種でない、日本古来の在来種の総苞だ、これはも嬉しかった。
ありがとう 世界遺産 国宝 二条城

テーマ : 今日の出来事
ジャンル : 心と身体

キュキュと音がする

台所の勝手口前にある、ツキヌキニンドウ クレマチス(今、花は咲き終わってます)の蔓茂みのなかに、徳利を逆さにしたよう横縞キレイな形のをものを見つけた。ヒョッとしてと見つめていると、スズメバチよりは少しだけ小さいハチが出てきた、勝手口のすぐ前、何時刺されるか分からない、ましては自分は子供の頃、クワガタを採りに行った時、スズメバチに頭を刺され頭部を腫らしたことがある、こんど刺されるとアナフィラキーショックを起し死亡の恐れあり、ハチ用殺虫剤を買って用心しながら棒で叩き落としながら駆除した。巣は薄くすぐに壊れてた。
0620蔓茂みのなかに 0620徳利を逆さにしたような 0620巣は薄くすぐに
毒があるといえ命ある営みを壊した しかたがない、汗

ホームセンターに殺虫剤を買いに行った時に、グリーンカーテンで人気を得たそうキワーノなる苗を見つけた、早速、畑に2苗植えた。
0620キワーノ

前記事で変な字を書き込みながら記載しなかった写真。西側から。キューイ棚の下から西のほうを見る。
0620西側から 0620キューイ棚の下から西のほうを見る
写真をクリックされますと大きくなります。

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東北、信濃、京都 GW ④  

世界遺産 国宝 二条城 その 1

東福寺から、二条城に入城券付きプランで予約していたビジホに、夕食にはまだ早いし明日の二条城拝観時間の短縮すべく、下見を兼ねて二条城を一周することにした。
重文 東大手門から時計周りで、重文 東南隅櫓。外堀越しの南門
重文 東大手門 重文 東南隅櫓 外堀越しの南門

重文 西南隅櫓
重文 西南隅櫓

西門。  西北の角から、  重文 北大手門。
西門 西北の角から 重文 北大手門

北東角から、一周を始めた、東大手門の前にある橋元佐内寓居跡に建つビジホに帰る、回転ドアを通るのは、生まれて何回目か?、数えるほど。
北東角から 橋元佐内寓居跡 回転ドア

P1010358.jpg     このビジホに泊ったときのことは、
    ここ、クリック願います。
     このホテルの朝食バイキングは、
     質もよく種類もたくさんあったが、
     少食なので 笑   


重文 東大手門をくぐり内側。高貴な感じ築地塀の所にあった、
重文 東大手門 内側 高貴な感じ築地塀

案内板(こんな感じで散策した。)を曲がる前に
クローン:P1100191
 
重文 東南隅櫓を城内から見て、唐門に、装飾、彫り物がすごい。
重文 東南隅櫓 唐門に 装飾、彫り物

国宝 二の丸御殿 六棟へ入る(案内板だと1の所)。
 二条城は、天下を取った徳川家康が京都の守護と上洛の際の宿所として慶長8年(1603年)に造営したのがの始まりだそうです。
国宝 二の丸御殿 国宝 二の丸御殿 二の丸御殿 へ入る

車寄せの欄間などいたるところに豪華な飾りがしてあり、戦いを意識してない城だと思った。
P1100198.jpg
二の丸御殿内の欄間もこんな感じで豪華絢爛だった。
小学校の修学旅行で来たことがあるのだが、広く長い廊下がキュキュと音がする鶯張りしか憶えてない。

釣鐘(幕末の政変のころは、二条城と北側の所司代との連絡に使われたそう)の所から、二の丸庭園に
釣鐘 二の丸庭園 P1100207.jpg

特別名勝 二条城 二の丸庭園     の極一部。
特別名勝 二条城 二の丸庭園

重文 本丸 櫓門へ。本丸 櫓門から南になる方向 重文桃山門。北方向鳴子門。
重文 本丸 櫓門へ 櫓門から南 北方向鳴子門

長くなるので2に続きます

テーマ : 一人旅
ジャンル : 旅行

先入感があったが

東北、信濃、京都 GW ④  国宝 東福寺、その2

病気関係の記事が間に入りました。
東福寺その1からの続きになります。
重文の開山堂と普門院を見、通天橋を渡りかえった近く、明治時代に消失し後に再建された庫裡、方丈があり、方丈の庭園ここも有料だったが入ることに、庭を見て周る。、庭園は昭和の作庭家、重森三玲氏が造園されたそう。庭入ってすぐ右に方丈東庭。左は砂紋によって八海の荒海を表した枯山水式の庭園 ウマスギゴケで覆われた四仙島築山。
庫裡 東庭 枯山水式の庭園

ウマスギゴケで覆われた四仙島築山。自分はなぜか苔が好み 笑。
ウマスギゴケ

廊下を曲がったところに見晴らしが、


前に
「京都の国宝 東福寺には、モミジの川(海?)に架かる橋が三つあります、一番上流にある 重文 偃月橋(えんげつきょう)から真ん中にある通天橋を撮ってみました」と書きこみ記事にしたことがあります、写真を整理しながら今記事にしていると間違いに気づきました、この方丈の展望室から 通天橋を写したものでした。後で紹介する重文 偃月橋はまだ上流にあり、モミジが偃月橋の周りを覆い茂り周囲は見渡せないようになっていました、汗

↑ マウスオンをしてみてください。

小市松、コケはウマスゴギケの庭、寺にこれも好いのでわと思う。庭園を出て散策してると案内板が目に付く、これは行かないと、重要文化財 偃月橋。
小市松 案内板が目に付 重要文化財 偃月橋

重要文化財 偃月橋を渡ると
重要文化財 偃月橋

国宝 龍吟庵
国宝 龍吟庵
ここは春の特別公開だったらしい、時間も受付終了時間は過ぎ係りの人が閉まわれようとされてた、「何とか見たいです」とお願いしたところ、なんと聞いてくださった、しかもゆっくり見てくださいと少しだが案内も、今まではイメージとして、なんとなく京都の方は冷たいという先入感があったが一変した!。

建物のほうは写せないが庭は撮れる、なんともない砂目模様の庭の次に、雲の合い間から龍が頭を出してるのをイメージした庭があった、フクロウの置物があったので、パチリ、案内されてた女子さんニコリとされる 笑。
なんともない 雲の合い間から フクロウの置物

国宝 龍吟庵の庭園
国宝 龍吟庵の庭園

もう一つの庭を見て龍吟庵をでた、ありがとう優しい女子さん。散策し本堂で参拝祈願。本堂前の 国宝 三門。
もう一つの庭 本堂 国宝三門

国宝 三門
国宝 三門
国宝山門は通り抜けられないようになっていた。ここも春の特別公開で上の方にもあがり見れるようだったが、時間はとっくに過ぎていた、汗。

重文 禅堂を見ながら  東福寺に入った日下門近くの鐘楼 経蔵にもどり臥雲橋へ
重文 禅堂 鐘楼 経蔵 臥雲橋へ

ありがとう緑の東福寺。

↑   マウスオン

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(リアルタイム)

散歩から帰ると、シモクレン下の塀の上でシロが見張り、(黄色くみえるのはキンシバイ)塀の中キンシバイの近くでは、似てる花、未央柳 (ビョウヤナギ)が咲き始めました。タイボクサンから見たビョウヤナギ
0616シモクレン下の塀の上で 0616タイボクサンから見たビョウヤナギ 0615ビョウヤナギ 

道路側でも未央柳 (ビョウヤナギ) シロの後ろ黄色は満開のキンシバイです。
0616 017

今時期の表庭、裏庭、裏畑の一部をチョッと紹介、変な字はゴメンナサイ。
0615 012

裏庭
0616 裏庭

裏畑
0616 裏畑
桑の木の向こうは裏隣りさんの畑に、

こんな感じの庭、畑の山野草を撮り、季節の変化を紹介しています。

テーマ : 日記
ジャンル : 心と身体

外科診察 36

外科診察 36

↓胃カメラ検査の翌日は28日ごとになってる外科診察。
前日の内容を主治医先生も喜んでくださった、「早期胃ガンの場合は、3年経過で卒業と考えてよいかも」と言われたが、やはり自分は5年までは。。。

5年卒業となる大腸内視鏡をしたかったのだが、去年の検査したときポリーブが小さいんで来年でよいだろうとのことで、却下、汗
今回の診察日までも、ヘルニアでおきる逆流性食道炎は、起床時に胸焼けを時々感じるぐらいで、喉にまで胃液が逆流することはなかったので、やはり経過観察。


触診   異常なし  
血圧   115~75
体重   55キロ (家で)

薬  タケプロンOD錠15、フオイパン、アルロイドG
      (何れも逆流性食道炎用)、
     プルセニド(下剤)
        マイスリー錠10ミリグラム(睡眠導入剤)を1/2で28日分


   次の外科診察日   7月13日

テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

生検がなかった

14日は前の検査が残渣のため、よく検査が出来なかったやり直しの日だった。普通は前日の夜9時以降の飲食をやめるだけでよいのだが、自分の場合は前日の昼は軽め、夜は流動食、夜9時以降の飲食をやめるのは同じ。胃カメラ検査は、最初のガン、胃ガンを患ってから、おそらく20回になるのだが、残渣でやり直しするのは初めて。
今回の検査は何時もより遅く10時からになっていた、紙コップ三分の一くらい入ってた胃をきれいにする薬を飲みまってると、看護師さん「学生さんに検査をするところを、見学させてください、その時、先生が学生さんい少し説明されので、お願いします」、まぁいいけど。。。
喉に2回ほど麻酔を噴霧しそのつど飲み込み、手に酸素を測るクリップをつけ検査。

今回は、あの青い液体はかけたが、検体をとることもなくスムーズに終わる、内視鏡先生も「心配ないよ、次回は一年後に」。検体を取らずに終わる検査は初めて、うれしかった。
P1010826.jpg
生検がなかった所為だろう、胃カメラ検査代が思わぬ安かった前の検査の約半分。

テーマ : 医療・病気・治療
ジャンル : 心と身体

とにかく急ぎ足で

東北、信濃、京都 GW ④  国宝 東福寺その1

新潟から福井にかけ、左に延々と続く雪をいただく山々を見ながら爽快感をつれて高速を走らせる、助手席に乗ってるとしたら、何枚も写真をとっただろう。そんな山々をうまく撮れそうなSAはなかった、汗。そんななか、米山SA で休息。米山は993mで低いが、新潟県の中越地方と上越地方の境にあり、目立つ山容をしているので海上交通の目印となっている。原発との対比か風力発電が見えた。海の方、案内板左のほうに佐渡島が示してあったが見えなかった。
米山は993m 風力発電 海の方

新潟柏崎の原発だろうか遠くに望めた。原発は現実問題として、直ぐに止めるわけにはいかないだろうと思う

 ↑ マウスオン

また走り、昼食で有磯海SAで休息。いままで走りながら見た雪を頂く連なる山々は、有磯海SAでの写真はずいぶんとスケール小さいがこんな雰囲気だった。
連なる山々 雪を頂く


東北からの帰りに寄る京都の寺は、カノンさんが三十三間堂と東福寺に行かれてたのと、自分は臥雲橋しか見てなく、とても興味をもっていた東福寺には必ず行くことに計画してたので最初に訪れた。東福寺の駐車場に3時40分ごろに着く。駐車場係の話では、東福寺有料の所の拝観時間受付終了は午後4時で 4時30分には閉めるそう、駐車場は「まぁ5時過ぎ、30分まではいいよ」って言われた。とにかく急ぎ足で拝観することにした。

東福寺は、奈良の東大寺と、興福寺から一字ずついただいたと言われ、摂政九条道家由緒が1236年より1255まで19年を費やして建てて、京都五山の一つになっているそう。

臥雲橋を渡り
臥雲橋

臥雲橋から見た通天橋と方丈屋根。
通天橋と方丈屋根

東福寺日下門からはいる、右に重文 禅堂、正面に仏殿が見えるが、どこどこが有料なのか分からない、汗、進むと左にらしい受付があった。通天橋を渡り開山堂 普門院を拝観するコースだった。通天橋に続く回廊へ進む、
日下門 右に重文 禅堂、正面に仏殿 回廊へ
 
通天橋へ、通天橋から見た先ほど渡った臥雲橋と、臥雲橋からも見えた方丈屋根、
通天橋へ 臥雲橋 方丈屋根

通天橋、臥雲橋、後に紹介するが重文 偃月橋の下、モミジの覆い茂る渓谷は「洗玉潤」と言われ、東山を水源に流れるとても小さな流れで、鴨川に注ぐそう。通天橋を渡り質素そう重文 月華門(月下門)を見、重文の開山堂と普門院に入る回廊へ、
洗玉潤 月華門(月下門) 開山堂と普門院に入る回廊へ

その前に 重文 愛染堂
重文 愛染堂

開山堂の門前にあったモミジ、秋の東福寺の雰囲気を感じさせててくれ、チョッと得した気分に、笑。屋根に閣があるので珍しい建物だと思った、重文 開山堂。
秋の東福寺の雰囲気 重文 開山堂 屋根に閣

閣の宝珠をUPしてみた。
閣の宝珠

左のほう枯山水、禅院式と武家書院式とを調和させた開山堂と普門院の庭。重文 普門院。また通天橋を渡り帰り方丈へと向かう。
開山堂と普門院の庭 重文 普門院 また通天橋を

写真をイッパイ載せたいので纏めきれない、汗
国宝 東福寺 続きます。

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(リアルタイム)

日曜日に、2年に一度ある組の親睦会があった、1年ごとでないのは2年に一度ある町内運動会との組費でおとす金銭面での兼ね合いがあるから。P1010803.jpg
   田舎の料理屋さんは
   こんな感じ、刺身、うざく、卵豆腐
   盆外にあるのは、
   牛ロースしゃぶしゃぶサラダと
   米ナスのカニあんかけ。

太刀魚の天ぷら。サワラ西京焼き サザエ壺焼き。魚ソーメン吸い物。あと写真にはないがデザートでスイカとコーヒー。
太刀魚の天ぷら サワラ西京焼き サザエ壺焼き 魚ソーメン吸い物
溝掃除以外に集うことが少ない、組内の情報交換に、たまにはいいものだ。

裏隣りさんから、アシタバをいただく。セロリもだいぶ育つ。2日前、桑の実は多く採れはじめ冷凍にし、ためてからジャムにする 笑。
0613アシタバ 0613セロリ 0610 桑の実

今日は、少しだがブルーベリーも採れるようになり、
ズッキーニも大きくなったのや、小型トマトも採れるようになった。(↓ マウスオンしてください。)


今年もフェイジョアの花が、たくさん咲いたし豊作になるかなぁ~
0613フェイジョア

今年も表庭でキンシバイが咲き始めた、↓ マウスオンされますと満開に。

テーマ : 旅の写真
ジャンル : 写真

奇妙な建物

キュウリの花を写していたら、タイミングよくモンシロチョウが飛んできた、
自分には気配というものがないのか、?。
P1100516.jpg

モロッコ豆を収穫しようとしたらアマガエルがいた、ビックリ 笑。
0608 013

ナス、ピーマン、トマトの間で一休み。
0608 026

ナス        ピーマン        トマト
0608 016 P1010758.jpg 0608 025

今年もクレマチスが様変わり


↑ ↓  マウスオン

気づかぬまにタイザンボクの花がさいていました、20センチもの大輪なのだが、頭上にさくので見逃して旬は過ぎていた 汗、


姫タイサンボク 6~7cm
P1010798_20110610131723.jpg

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東北、信濃、京都 GW ④  
国 重要文化財 会津さざえ堂、    飯盛山
 
会津若松から京都までは、けっこう長距離運転になる。白虎隊で有名な飯盛山へ行こうかどうか、感情移入しやすい自分だし迷ったが、高速にのる途中にあり、距離もナビですぐ近くに見え、せっかくここまで来ている、行って見ることにした。時間が早いので土産屋さんは開いてないがエスカレーターは動いていた、ほんの短い距離だがブログネタで乗ってみた。少し上がると白虎隊の精神に深い感銘を受けたローマ市から寄贈された碑。この碑の円柱は、ベスビアス火山の噴火で埋没したポンペイの廃墟から発掘した古代宮殿の柱だそう。
土産屋さんは開いてないが エスカレーターは動いていた ローマ市から寄贈された碑

ローマ市から寄贈された碑の左のほうに白虎隊墓碑が見えた。
白虎隊墓碑

正面に見えるのが、白虎隊で自刃した隊士たちの墓。案内標識にしたがい歩くと白虎隊士が自刃したとされる場所に⑤についた。
隊士たちの墓 白虎隊士が自刃したとされる場所 白虎隊士が自刃したとされる場所

会津若松城方向を望む

↑ マウスオン
城が何所へあるか分からないほど距離でした、
写真を撮ってると、頭のなかに昔テレビ放送された白虎隊 主題歌 「愛しき日々」 唄 堀内孝雄 が流れてきて、涙が零れそうになった。

一説には城の手前の市中が燃えてるのを見て、城が炎上してると勘違いされて切腹をされたとか。。。
記事にしている時、色々調べると実際はWikipedia白虎隊みたいです。

コンカメでズームして写しました。手振れしてるしコンカメなので色彩が、ぼやぁ~が 汗
でも、雪をいただいてる山と城がいい、アンテナ ?かな邪魔 笑

↑ マウスオン

車に帰るときに、重要文化財の案内板が目についたので行ってみる、白虎隊十九人を祀ったお堂の前方に、なんとも奇妙な建物
白虎隊十九人を祀ったお堂 白虎隊十九人       奇妙な建物

昔、飯盛山には正宗寺(しょうそうじ、廃寺)というお寺があり、当時の住職であった郁堂(いくどう)禅師の考案し1796年に建てたお堂、正式名称は「円通三匝堂」(えんつうさんそうどう)。高さ16.5mの六角で一方通行の三層二重らせん構造になっている。

 国 重要文化財 会津さざえ堂
国 重要文化財 会津さざえ堂

一方通行とらやをしてみる。中心は?。右まわりで
一方通行 中心は?。 上がる

最上部にあがる
最上部

屋根裏みて左まわりで下りるようになる。
屋根裏 左まわりで 下りる

実際に上がり下りした自分だが、立体構造が 何故、一方通行で上がり下りできたかどうも理解できてない、DNAの二重らせん構造みたい。小川が流れ、さびたお堂が散在するほうへいく。厳島神社の左に
一方通行で上がり下りできた 小川が流れ 厳島神社

猪苗代湖の水を灌漑のため山を約150mくりぬいた戸ノ口堰洞穴、白虎隊が隠れながら城へ戻るため通った洞門
戸ノ口堰洞穴

寂びたお堂、子育地蔵堂などみながら、開きはじめた土産通りに
寂びたお堂 子育地蔵堂 土産通り

京都へ

テーマ : 日記
ジャンル : 心と身体

笑ってから食べる

東北、信濃、京都 GW ③  会津若松城 

会津若松城駐車場に設定していたら、西出丸にある有料駐車場に到着した、時間は4時15分頃、入城締め切りまで15分しかない、急いでそこから登城することにした。
西出丸から梅坂をあがり西中門址を通り帯郭へはいると、
梅坂 西中門址 帯郭へはいると

若松城の西面が大きくそそりたってる、
若松城の西面

本丸にと向かうと鶴ヶ城稲荷神社。武者走りの石垣は左と右で作りが違うようだ、石組みの石工が違ったのかなぁ~?。左が打ち込みはぎ 右は野面積み
本丸にと向かう 鶴ヶ城稲荷神社 P1100012.jpg
 

築城当時は表門であったが後に裏門になったようだ埋門址。天守の入口は、今まで行った城とは違ってた。
埋門址 天守 天守の入口は

石垣入口を入ると塩の貯蔵庫になっていた。天守の最上部まで資料館になっていて興味を引かせるように貸衣装、
石垣入口 P1100023.jpg 貸衣装

火縄銃を持てるなど、色々と工夫してあった。もちろん白虎隊の関連も。写真の真ん中辺りが、切腹した飯盛山方向だと思う。
火縄銃 白虎隊 飯盛山

手前より、走長屋、鉄門、南走長屋、干飯櫓。 幕末期の城の状態を再現するため、瓦を赤に葺き替えられてた。
城の瓦が赤いのは、ここだけだと思う。
走長屋、鉄門、南走長屋、干飯櫓

天守からの出るに土産屋さんを通ることになる。本丸から表門(鉄門)に向かう。本丸から見た走り長屋と天守
土産屋さんを通ることになる 本丸 走り長屋と天守
 
帯郭北西方面からの表門(鉄門)、側に上杉謙信公仮廟所跡があった、いろんな武将に関係があるのだなと思う。帯郭表門からの天守。
表門(鉄門) 上杉謙信仮廟所跡 帯郭表門からの天守。<br />

本丸から見た天守閣
本丸から見た天守閣

至徳元年(1384)葦名直盛が東黒川館を築いたのが始まりといわれ、城主が数人変わり文禄元年(1592)蒲生氏郷が七層の天守閣を築き、整備し黒川の名を若松と改め、城の名を鶴ヶ城と命名したそう。伊達政宗が居城したこともある。。また幕末の戊辰戦争は、戦いの場が会津へと移り、会津松平家は約1ヶ月の篭城戦をする。城は傷つきながらも残るが、明治政府によって取り壊されたそう。現在の城は昭和になって鉄筋で再現され内部は資料館になっていた。

本丸北側の走り長屋跡の石垣、桜の花びらが吹き溜まりにたまっていた。二ノ丸からの廊下橋門跡の枡形の石垣。廊下橋と枡形の石垣と天守。
走り長屋跡の石垣 二ノ丸からの廊下橋門跡の枡形の石垣 廊下橋と枡形の石垣

廊下橋の下、吹き溜まり 汗。雰囲気から廊下橋から濠に沿って伏兵郭方向に歩くことにした、桜が咲いてた時はキレイだろうと思った、所々に花筏のザンガイ。伏兵郭に広がるテニスコートの左を濠に沿って歩いたが行けなくなり引き返す。
廊下橋の下 廊下橋から濠に沿って伏兵郭 伏兵郭に広がるテニスコート

濠に沿って歩いていたが、民家の敷地になってるところになり、幹線道路を歩くことになる。電柱が見当たらないので景色がスッキリしている。
濠に沿って 濠に沿って 電柱が見当たらない

車を駐車している西出丸の入り口にもどる。
西出丸

一周は時間も遅くなり、長距離ドライブなどで少々疲れることもあり止め、ビジホへ。 夕食はビジホの近くにあった食堂で、たたきサーモンサラダと鳥肝焼き。風評被害あるそう会津若松で一泊、ここでは毛布を借れることができた。
ビジホへ 夕食は 会津若松で一泊

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(リアルタイム)

なにかスッキリとしない天気が続いてる瀬戸内
裏庭の日陰で咲き始めた、今年の、

京鹿子 (きょうがのこ)キョウカナコ キョウカノコ

↑ ↓ マウスオン


今年の今時期咲いてる花、マイナーだな~汗
ブラックベリー    万年青     クロガネモチ
0608ブラックベリー 0608万年青 0608クロガネモチ

小さいながらもズッキーニの初収穫、ガーリック効かした海鮮パスタに、初物、桑の実添えて、笑ってから食べる、寿命が伸びる ?
0607小さいながらも 0607ズッキーニ 0607 パスタ

テーマ : ぶらり旅
ジャンル : 旅行

チラッと金色

2時前だっただろうか、時計を見たのだがよく覚えてない、ゆらゆらと家が震えた、これだけの揺れは何年も経験してない、こわいなぁと思い、テレビをつけると自分の住む瀬戸内は震度2~3だったようだ、次は揺り返しは無いだろうかと怖いと思いつつ、ぼ~っと眠りについたようだ。

桑の実が色づき始める、網をした。今年は少ないながらもジャムにできるほど採れるか?

↑ マウスオン

ついでに、まだ青いがブルーベリーも


トマトは雨が少ないほうが美味しくなる、ビニールを被せる、畑は、あちこちに、キュウリ、モロッコ豆などで緑のカーテンが出来ている。
0603ビニールを被せる

今年の今時期に咲いてる花、
畑隅でハナニラ。    オリーブ。    ユキノシタ。
0603 ハナニラ 0603オリーブ 0604ユキノシタ

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東北、信濃、京都 GW ③  国宝のある寺  平泉 中尊寺  

ビジホでモーニングバイキングを食べ弘前を出発、帰りも岩手山SAで休息をした、標高2038mの山頂が一瞬みえる。
モーニングバイキング 岩手山 標高2038mの山頂

ナビを見ると平泉の文字が目にとまる、中尊寺が近くにありそう寄らないてはない、平泉前沢ICで高速をおりる、中尊寺の駐車場に10分とかからなかった。この案内地図は金堂前にあったが最初に掲載。参道を登る、まずは中尊寺八幡堂から参拝祈願を始める、
案内地図 参道 八幡堂

参道は 月見坂 と呼ばれ、樹齢400年を超すヒノキ、杉木立の間に、長くやや急な坂道になっていた。
月見坂

石の鳥居が倒れていたのが目につく、なんでも東日本地震の余震の時に倒れたそうだ、弁慶堂の中は義経と弁慶の木像も祀ってあった。
石の鳥居 倒れていたのが 弁慶堂

ここから本堂まで350m、金色堂まで600m。東物見からの眺め、北上川が望めた。地蔵堂。
本堂まで350m、金色堂まで600m 東物見からの 地蔵堂

右に、なにか和める景色が、茶店、とにかく藁屋根に惹かれる 笑。
和める景色

薬師堂。   観音堂。  本堂山門。
薬師堂 観音堂 本堂山門

本堂へ。
本堂

とうぜん参拝祈願、鐘楼から本堂。本堂殻で不動堂に。目に御利益あるそう峯薬師堂 本尊は薬師如来座像。
鐘楼から本堂 不動堂 峯薬師堂

大日堂。変った作りだなと思った鐘楼。
大日堂 鐘楼

金色堂の前に降りるとあった、阿弥陀堂と弁財天堂。
金色堂の前に降りる 阿弥陀堂 弁財天堂

国 重要文化財が目につきはいる白山神社、御利益ある輪をくぐり参った白山神社。国 重要文化財 白山神社能楽殿。
白山神社 白山神社 白山神社能楽殿
白山神社から戻るとある

国重要文化財 経堂。国宝 金色堂が中にあった、国重要文化財 旧金色堂覆堂 と内側屋根裏。
国重要文化財 経堂 国重要文化財 旧金色堂覆堂 内側屋根裏
中尊寺は850年慈覚大師円仁が平泉の地に開基し、のちに奥州藤原氏が整えられた。義経をかくまったことで源頼朝に焼き払われるが金色堂と経堂は、奇跡的に残ったことで知られてるそうだ。世界遺産の候補地にもなっており震災復興を活発化させるためにも認定してほしいものだ。

芭蕉の「五月雨の降のこしてや光堂」俳句碑の処へくると、何所で拝観順序迷ったのか金色堂の裏口に来ていた、新宝物館 讃衡蔵に行き金色堂の入場券を買い
五月雨の降のこしてや光堂 金色堂の裏口  讃衡蔵
後で新宝物館 讃衡蔵に入って、貴重な国宝、重文など見させていただく、ついでに土産も買った。

 
国宝 金色堂のある新覆堂へ
金色堂のある新覆堂へ

窓の中にチラッと金色見える入り口。
P1090993.jpg

金、銀、螺鈿、蒔絵の中央壇。
金、銀、螺鈿、蒔絵の中央壇金<br />
中尊寺パンフより、

ワンコも入ろうかと迷ってた金色堂を出て、 駐車場に戻り土産屋で、昼食 とろろ蕎麦。
ワンコも入ろうかと とろろ蕎麦

会津若松へ

テーマ : 日記
ジャンル : 心と身体

行けるときに行かないと

入梅し、瀬戸内も長い雨が続きました。雨があがった日に裏畑ではズッキーニ、マクワウリなど思わぬほど成長していた。
0601ズッキーニ、マクワウリ

白菜を収穫したが、ナメクジや長雨でどえった所を掃除したらこんなに小さく、汗。エンドウとニンニク。
0601こんなに小さく

裏畑、モロッコ豆やキュウリの花が咲き始め、落花生は芽生えてる。
0601モロッコ豆 0601 キュウリ 0601 落花生

ブラシの木(花槇(はなまき)、カリステモン)は、こんな咲き方をするのですねぇ

↑ マウスオン

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東北、信濃、京都 GW ②

現存天守 重文 弘前城3と、岩木山

ビジホに帰ると、岩木山を被ってた雲がスッキリと消えていた、もう少し早く帰ってれば、日の沈むナイスショットが写せてたかも。それでも、こがね色に輝く山頂辺り、きれいだと思った、

↑ ↓ 岩木山の写真はマウスオンをしてみてください。

明日の予定で、秋田の角館の開花情報に検索かけてみたが、よく分からなかった、それと高速がないので帰りの行程がよりきつくなるだろう、また今度の機会にすることに(いつのことに?)、見たいところ、走行距離、風評被害などいろいろ考え、会津若松にした。
風呂に入り、地産地消だという、桜御膳1780円。
桜御膳1780円

いざ夜桜へ、
前記事と同じ追手門から登城した。
追手門


夜の、辰巳櫓、杉の大橋。南内門をくぐったところにあった枝垂れ桜。
辰巳櫓 P1010227.jpg 枝垂れ桜


天守閣が見え始め、
天守閣 P1010235.jpg 

夜桜と天守閣
天守閣

天守閣にあがり、
天守閣

天守閣から見た、本丸
本丸

本丸の枝垂れ桜を掻き分け
枝垂れ桜

本丸から天守見た


夜桜を散策していると、
夜桜

昼間来ていてたが何処にいるのか分からなくなる。露店のあるところに出た。日本で一番古いソメイヨシノを見たところで、東日本震災の節電での消灯時間となる放送が流れ始める。
何処にいるのか 露店 日本で一番古い

と、云うことで現存12天守を制覇しました、最後を飾るに素晴らしい時期に行けることもでき、桜満開の弘前城を見ずして桜を語るなと思うほど、とても感激させていただきました、ありがとう津軽の地、日本 !。
行けるときに行かないと。。。。

右カテゴリーのに追加です、今、姫路城は工事していますが、してない時にいったので、全体を写してるのもあります、良かったらどうぞ、_(=_^_=)_
これからも城は百名城を目指して。

就寝時の注意
睡眠時の姿勢
がんナビ「胃食道逆流症患者の食道腺がんリスクはそれほど高くない」は、
自分の場合、60歳頻繁は高いのだろうか?。
P1010261_20110531110655.jpg
睡眠時の姿勢
  睡
  眠
  う
  と
  う
  と
  :
  ・
  ・
6時前だったろうか目覚めると

↑ ↓ 岩木山の写真はマウスオンをしてみてください。



「や!富士、いいなぁ」と私は叫んだ。富士ではなかった。
津軽富士と呼ばれる1625mの岩木山が満目の水田の尽きるところに、ふわりと浮かんでいる。
実際軽く浮かんでいる感じなのである。
したたるほど真蒼で富士山よりもっと女らしく、十二単衣の裾を、
銀杏の葉をさかさに立てたようにぱらりとひらいて左右の均斉も正しく、
静かに青空に浮かんでいる。
決して高い山ではないが、けれども、なかなか透きとおるくらいに嬋娟(せんけん)たる美女ではある。
                       太宰治 「津軽」 より



自分の持ってるレンズでは ↑ までが限界みたい 
                                             画像が荒くなった、汗。

東北、信濃、京都 GW ③へ。。。

記載写真はデジイチを買ってから、コンカメと混ざってます。

テーマ : 日記
ジャンル : 心と身体

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しろ

Author:しろ
66歳 
凡そ30数年前 X1になった 男子
なりゆきで、
白い猫(ノラシロ)を飼うことに、、
原発三個、経験の
”重複癌”患者でした。
今のところ サバイバー・・・

ノラシロ逝ったので
ノラシロと重複ガン から
ブログタイトル、変更しました。
引き続き よろしくお願いします。
しろの、
ボケ防止は、ブログに写真

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